最決令和6年10月7日令4(あ)1059号 没収を追徴に変更することと不利益変更禁止原則

はじめに
本判決は、控訴審判決が、第1審判決が言い渡した組織犯罪処罰法の規定による没収に換えて追徴を言い渡しても、刑訴法402条に定める不利益変更禁止原則には違反しないとしたものである。
事案の概要
第一審判決及び控訴審判決の原文を入手できていないので、詳細は不明であるものの、第一審判決は、被告人に組織犯罪処罰法違反の罪で有罪判決を言い渡すにあたり、暗号資産(仮想通貨)(正確には、仮想通貨交換所に対する仮想通貨の交付請求権)について、同法13条1項(令和4年改正前の条文)に基づき没収を命じ、その他に没収できない部分について追徴を命じた。これに対して被告人のみが控訴したところ、控訴審は、仮想通貨の移転を求める権利は没収の対象ではなく、追徴を命じる必要があるとの見解を前提に、「没収に換えて追徴を科すことは、同じ金額であっても利益剝奪の対象が個別財産から一般財産に広がることとなり、特段の事情がない限り、被告人両名の不利益になる」として、第1審と同額の追徴に留めた。
これを不服として、検察官が上告した。
判旨
「法は、法13条1項の規定による財産の没収の換刑処分・代替処分として、法16条1項において当該財産相当価額の追徴を定めており、両者が等価値であることを前提としている。そして、「没収」と「追徴」とは剝奪の対象となる財産の範囲を異にしており、このような没収と追徴の対象財産の差異は、法においても織り込み済みと解され、法13条1項の規定による没収と法16条1項の規定による追徴の等価値性を左右するものとはいえない。そうすると、被告人のみが控訴した場合において、第1審判決が法13条1項の規定により没収するとした財産について、控訴審判決において、没収に換えて法16条1項の規定によりその相当価額の追徴を言い渡すことは、刑訴法402条にいう「原判決の刑より重い刑を言い渡す」ことにはならないと解するのが相当である。」
「もっとも、法13条1項、16条1項の各規定による没収、追徴は、任意的なものであるところ、本件において、被告人両名が収受した犯罪収益の総額が多額に上る中で、被告人両名が現に得た利益はごく一部にとどまり、原判決は、被告人両名又は被告人Bに対し、被告人両名が現に得た利益の大部分に相当する額の追徴を言い渡していること等、諸般の事情を勘案すれば、原判決が前記①㋐㋑㋒に係る財産の相当価額として見込まれる額を追徴額に加算しなかったことをもって、これを破棄しなければ著しく正義に反するとまでは認められない。」
解説
刑訴法402条は、「被告人が控訴をし、又は被告人のため控訴をした事件については、原判決の刑より重い刑を言い渡すことはできない。」と規定しており、不利益変更禁止原則と言われている。その趣旨は、被告人に公訴をためらわせないことを目的とするものと理解するのが一般的である(条解刑訴第5版増補版1178頁)。
もっとも、「原判決の刑より重い」といえるか否かについては、「各主文の刑を刑法10条の精神と本状の目的とを併せ考え、全体として実質的に見なければならない」(条解刑訴1179頁)とされており、実質的な考慮する上では一定の評価なり解釈の余地がありうる。判例においても、「原判決の刑より重い」か否かが問題になった事例は多数存在する。
その中で、本件の検討を行うのに有用と思われる判例としては、最判昭和30年4月5日刑集9巻4号652頁がある。同判例は、公職選挙法違反の事案において、第一審判決が追徴を命じたのに対し、被告人のみが控訴したところ、控訴審判決が原判決を変更して没収を命じたために、被告人が不利益変更禁止原則に反するとして上告したものである。最高裁は、「第一審判決で言渡された追徴を控訴審判決で没收に変更することは、形式的にみれば新たに刑を言渡した観があるけれども、没收すべき物の全部又は一部を没收することができないときは、その価額を追徴し得ることは一般に刑罰法令の規定するところであって、没收と追徴とは表裏一体の関係にあるのであって、その金額が同一である以上、追徴を没收に変更したからといって、被告人の利害は実質上異ならないのであるから、これを目して不利益に変更したものと言うことはできない。本件において、第一、二審判決が被告人から徴收する総金額は同一であるから、第一審判決の判示したようにその全体が追徴に当るか、或は控訴審判決の判示したようにその一部分が追徴に当り、その余の部分が没收に当るかは名義上の区別に過ぎず、いずれの場合でも被告人の負担はその実質において不利益に変更されるところはない。それ故、原判決が所論のようにその主文において第一審判決と異なった言渡をしたとしても、その言渡は刑訴四〇二条に違反しないものと解するのが正当である。」と判示して、不利益変更禁止原則には反しないとした。
本件は、上記最高裁判例とは異なり、没収を追徴に変更することと不利益変更禁止原則との関係が問題となった事例である。しかるところ、上記最高裁判例の論理に従えば、没収と追徴との間に優劣はなく、被告人の利害に実質的な変更はないと考えられるため、不利益変更禁止原則の適用はないということになろう。
もっとも、本件原判決が指摘するように、追徴の場合、利益剝奪の対象が個別財産から一般財産に広がることは否定できない。原判決はこの点を捉えて、実質的に見て没収よりも追徴の方が被告人にとっては不利益であると結論づけたものである。
これに対して、本判決は、組織犯罪処罰法の仕組みや文言から、同法が没収と追徴とが等価値であることを前提としているという理解を前提に、剝奪の対象となる財産の範囲が異なることは法も織り込み済であるから、不利益変更禁止原則には反しないとして、原判決の考え方を否定した。
しかしながら、本判決の理由付けは甚だ不可解である。原判決の言うように、没収と追徴とで剥奪の対象となる財産が異なることは、最高裁も積極的に否定しているわけではないと思われる。そして、没収は没収の対象となった財産のみを剥奪するのに対し、追徴の場合は被告人の全財産が引き当てになるのであるから、剥奪の対象となる財産としては、追徴の方が被告人に不利益となるというのはその通りであろう。そのような事実が厳然と存在する中で、法の仕組みや文言から両者が等価値であると言うのはいかにも形式的であるし、なにゆえに剥奪の対象となる財産の範囲が異なることが織り込み済なのか、織り込み済であれば何故刑訴法402条違反を問題にしなくてよいのか、説得力のある説明をしているとは言いがたく理解に苦しむところである。また、没収と追徴との間に実質的な差異はないとする上記最判昭和30年4月5日との関係性も定かでない。本判決が昭和30年判決を引用していない理由もまた不明である。
また、そんなに不服があるのであれば、検察官が控訴すればよかったのではないかという疑問も拭えない。結局のところ、本判決は、仮想通貨を被告人から取り上げるための手続について、追徴によらなければならないところを没収であると誤解した第一審判決や、それに対して控訴しなかった検察官を救済するという意味合いが強いものと言わざるを得ないところであり、事例判例としてその射程については慎重に検討しなければならないものであろうと思われる。立法論としては、不法に得た利益の剥奪を目的とする没収・追徴については、刑罰を一本化するなど、混乱を避けるための整理を行うことも重要ではないかと思われるところである。
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