【速報】 経産省官僚による給付金不正受給の判決について

はじめに
経済産業省のエリート若手官僚2名が、新型コロナウイルスの給付金である、家賃支援給付金及び持続化給付金合計約1,550万円を不正に受給したとされる詐欺事件の判決公判が、本日(令和3年12月21日)に開かれた。
東京地裁(浅香竜太裁判官)は、被告人Sに懲役2年6月の実刑判決を、被告人Aに懲役2年執行猶予4年の判決を言い渡した。
こちらの記事などで報道されている。
本稿では、報道発表されている内容を踏まえて、2名の量刑について、その理由付けや当否について検討してみたい。
共犯事件における量刑
共犯事件の場合、共犯者間の量刑については、役割分担の軽重が最も重要な要素となる。犯行を計画立案したのは誰か、主導したのは誰か、各々がどのような役割を果たしたか、といった点である。また、詐欺事件のような財産犯の場合は、利益の分配状況も重要である。財産犯は金が欲しいから行うものであるため、利益分配の状況はそのまま動機にも直結する。
持続化給付金の不正受給に関する判決を見る限り、共犯者間で量刑に大きな差がついた事例は、首謀者的地位にあるか、そうではないのか、また担った役割が一部に留まるのか、それとも広範なものか、単純作業であり、他人が代替することが容易であるか、といった点を総合的に評価した上で、差を付けるだけの事情があるかどうかという点を丁寧に検討しているように思われる。
本件の検討
報道を見る限り、本件は、SがAからある民事訴訟において助言を受ける過程でAがミスをした(事件の相手方に偽証をそそのかしたところ、その場面を録音されてこれが訴訟において証拠として提出されたということらしい)ことをSが難詰し、それによって生じた損害を埋め合わせる過程で計画されたことであるとのことである。そうすると、犯行の動機は専らSが金銭を得るためであり、SとAは高校の同級生であるものの、両者には厳然たる力関係が存在したものと評価されるべきものであろう。
Aは、こうしたSの指示に従い、不正受給に関する事務作業を担当したようであるが、結局、受給した金銭のほとんどはSが利得し、家賃の支払い等に充てられたものと思われ、Aは実質的にほとんど利得していないようである。
Sは、実際にこれらの給付金を担当する部署に所属していたわけではないものの、これを所管する経済産業省の現職官僚という地位にあったものである。にもかかわらず、給付金の制度を悪用し、合計約1,550万円を詐取したというものであり、また、犯行を主導し、Aを利用する形で不正受給を敢行したものと言える。そうである以上、全額を返金したとしても、その行為に対する責任は重大であり、実刑判決となることはやむを得ないのではないかと思われる。持続化給付金の不正受給に関する事案を見ても、1,000万円を超えるような場合には、全額を返金したとしても実刑判決が選択されている。
他方で、Aも、同様の立場にあり、大きな責任非難に値することは当然である。しかしながら、A自身はSとの力関係から、やむなく犯行に加担した面もあるといえ、またA自身はほとんど利得を得ていないことなどを踏まえると、前科前歴がない(であろう)Aについて、直ちに実刑判決を選択することは躊躇されたものと思われる。
これらの点を踏まえると、Sについて実刑判決を選択し、Aについて執行猶予付判決を選択した結論自体は妥当なものと思われる。
もっとも、Sに関しては、仙台地判令和3年7月1日事件番号不詳が、900万円の持続化給付金の不正受給に関する事案で、全額が返金されているにもかかわらず、主犯格の被告人に懲役3年を言い渡していることとのバランスを考えると、やや軽いという印象もある。もっとも、筆者は、当該仙台地判について、重すぎると考えているところであるので、なんともいえないところではある。
Sが控訴した場合の見通し
実刑判決となったSについては、控訴することが考えられる。この場合、返金まで完了していることから見ると、控訴審で新たに追加して主張・立証すべき事項はあまり考えにくく、第一審判決の量刑判断自体の当否が争われることになろうかと思われる。裁判経過に関する報道を見る限り、共犯者間の役割分担について積極的に争ってはいなかったようであり、控訴審を行う場合の争点は、全額返金の事実や、若年で前科前歴がない(と思われる)こと、懲戒免職処分となるなど社会的制裁を受けていることをどう評価するか、という点に帰着するものと思われる。
その他のコラム
最判令和7年2月17日裁時1858号18頁 特別交付税の額の決定の取消訴訟が法律上の争訟にあたるとされた事例

事案の概要 本件は、地方交付税法15条2項の規定による特別交付税の額の決定に対する取消訴訟は、「法律上の争訟」に該当するとしてこれを適法であるとした事例である。 本件訴訟の背景として、国は、いわゆる「ふるさと納税」の返礼品が多額になるなど競争が過熱している現状に鑑みて、ふるさと納税の納付額が多い自治体の特別交付税を減額するという措置を執った。これに対してX(泉佐野市)が、取消を求めて出訴したものである。 第一審(...
続報 持続化給付金詐欺 の判決まとめ4 徐々に増える実刑判決 20210804
はじめに 持続化給付金の不正受給について、一般の方や、全国で同種事案の弁護人をされる先生方の参考になるよう、持続化給付金の判決について、情報収集を行い、分析を続けている。前回の記事から、さらにいくつかの判決に関する情報を入手した。 これまでの過去記事は以下をご覧いただきたい。 続報 持続化給付金詐欺 の判決まとめ3 不可解な地域差 20210703 続報 持続化給付金詐欺 の判決まとめ2 20210616 ...
最決令和7年3月3日令和6年(許)31号 宗教法人の解散命令における「法令違反」の意義

事案の概要 本件は、いわゆる統一教会(以下、「教団」という)の解散命令に関連する事案であり、文部科学大臣が解散命令請求を行うに当たって報告を求めたのに対して教団が一部事項についての報告を拒絶したことから、文部科学大臣が過料の制裁を裁判所に請求したというものである。宗教法人法上、解散命令の事由が存在する疑いがある場合に報告を求めることができるとされているため、本件は、言ってみれば、解散命令を巡る攻防の前哨戦とも言うべき事案であ...
続報 持続化給付金詐欺 の判決まとめ2 20210616
はじめに 前回、こちらの記事で、令和3年4月28日までの報道記事や判例データベースをもとに、持続化給付金不正受給に関する裁判例の傾向を検討した。その後、約1カ月半を経過し、裁判例がさらに集積されてきたので、続報という形で新たに情報提供を行うこととする。 更新後の一覧表をこちらに掲載する。数頁にまたがっていて見にくいのはご容赦願いたい。 また、判決言渡しの時系列順に並び替えたので、前回の一覧表とは順番が前後して...
一部執行猶予 高相祐一氏の判決から
タレントの酒井法子さんの元夫である高相祐一氏に対し、令和3年3月24日、東京地裁は懲役1年8月、うち4月について保護観察付執行猶予2年とする判決を言い渡した。 これについては、いくつかの報道記事が判決の意味を正しく理解していないのではないかと思われるので、ここで詳しく解説する。 刑の一部執行猶予制度は、平成28年に施行されたもので、一定の要件(全部執行猶予の場合とかなりの部分が重複する)を満たす場合に、刑の一部を執...