最決令和7年5月21日令和7年(し)328号 第1審の有罪判決をした裁判官が当該被告事件の控訴裁判所のする保釈に関する裁判に関与することはできないとした事例
判旨
記録によると、頭書被告事件の控訴裁判所である札幌高等裁判所が、同被告事件の第1審の有罪判決をした裁判官を含む合議体で、保釈請求を却下する決定をし、原審が、申立人からの異議申立てを棄却する決定をしたことが明らかである。
しかしながら、控訴裁判所において、当該被告事件の第1審の有罪判決をした裁判官には、事件について前審の裁判に関与したという、刑訴法20条7号本文の定める除斥原因がある。そして、控訴裁判所のする保釈に関する裁判に関与することは、控訴裁判所の裁判官としての職務の執行に当たる。そうすると、第1審の有罪判決をした裁判官は、刑訴法20条により、当該被告事件の控訴裁判所のする保釈に関する裁判についての職務の執行から除斥されると解するのが相当である。
したがって、職務の執行から除斥されるべき裁判官が関与してされた原々決定及びこれを是認した原決定には、刑訴法20条の解釈適用を誤った違法があり、これが決定に影響を及ぼし、これを取り消さなければ著しく正義に反すると認められる。
よって、その余の抗告趣意について判断するまでもなく、刑訴法411条1号を準用し、同法434条、426条2項により、原決定及び原々決定を取り消し、本件を原々審である札幌高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
解説
刑事訴訟においては、裁判の公正や三審制度の実質的意義を保障するため、一定の類型に該当する裁判官については、定型的に職務を行い得ないものとし、これを除斥原因と呼んでいる(刑訴法20条)。除斥原因のある裁判官が裁判に関与した場合には、その裁判が判決である場合には絶対的控訴理由となり(刑訴法377条2号)、それ以外の訴訟手続に関与した場合にも、訴訟手続の法令違反として控訴理由となり得る。
本決定は、第一審の有罪判決を行った裁判官は、その事件の控訴審における保釈の審理を行う際には、前審の裁判(刑訴法20条7号)に関与したものとして除斥原因があるとしたものである。確かに、控訴審における保釈の裁判は第一審判決の当否について審理するものではなく、保釈の審理においてはその時点における保釈の要件が審理対象となる(特に控訴審の場合、権利保釈の規定は適用されず、裁量保釈の可否のみが審理される)。
このことことからすれば、確かに保釈の審理との関係で第一審の有罪判決へ関与したことは「前審の裁判」に関与とは言えず、除斥原因はないと考えるという見解も、全くあり得ないということはないのかもしれない(原審の決定文を入手していないので詳細な理由付けは不明であるが、多分このような見解に立脚したのであろう)。
しかしながら、保釈の請求においては、第一審における記録を検討した上で判断がなされるのであり、また裁量保釈を定める刑訴法90条において犯罪の嫌疑は考慮要素として明文には掲げられていないものの、そもそも勾留の要件として犯罪の嫌疑がある以上、保釈請求にかかる審理においてもこれを検討する作業は必要不可欠であるはずである。最決平成12年6月27日刑集54巻5号461頁(東電OL事件再勾留にかかる特別抗告審)でも、「第一審裁判所が犯罪の証明がないことを理由として無罪の判決を言い渡した場合であっても、控訴審裁判所は、記録等の調査により、右無罪判決の理由の検討を経た上でもなお罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、勾留の理由があり、かつ、控訴審における適正、迅速な審理のためにも勾留の必要性があると認める限り、その審理の段階を問わず、被告人を勾留することができ」るとしている(但し、同決定には弁護士、学説による根強い批判があり、今後の判例変更も十分ありうることには留意すべきである)のであるから、その反面として、保釈の審理においても、犯罪の嫌疑については慎重な検討がなされてしかるべきである。実際上も、第一審の有罪判決に対して控訴がなされ、控訴審裁判所が無罪の心証を抱いた場合には、相応の重大事件であっても、判決前に保釈が認められている事例も少なくない(このような場合、検察官は保釈が認められた時点で心の準備をするのだという)。そうである以上、第一審の審理を担当した裁判官とは別の裁判官による審理が行われることは、審級制度を設けた趣旨からも被告人に対する手続保障として認められているものと解するのが相当である。従って、本決定は至極当然であり、妥当なものと考える。
さて、本日時点の情報に依拠する限り、除斥原因ありとされたのは、令和4年~令和7年まで旭川地裁に赴任していた小笠原義泰裁判官のことではないかと思われる。裁判長の青沼潔裁判官も令和6年8月までは釧路に赴任していたようなので、可能性としてあり得なくはない。右陪席の高杉昌希裁判官は前任地が松山地裁なので、おそらく無関係だろう。
それはともかく、本件のような事態が発生した背景には、裁判所のウェブサイトを見る限りでは、札幌高裁の刑事部が1部しかなく、裁判官が3名しかないことがあるのではないかと思われる。ちなみに東京高裁は12部、大阪高裁は6部、仙台高裁は2部、名古屋高裁は2部、福岡高裁は3部あるから、これらの地では、おそらく本件のような事案では、そもそも配点されないか、事前に回避(刑訴規則13条)していたものと思われ、札幌高裁の特殊事情による側面が大きいのではないかと思われる。もっとも、広島高裁、高松高裁や多くの高裁支部では、刑事部が1部しかない裁判所も存在するから、同様の問題が起こりえ、松江と岡山にそれぞれ支部を有する広島高裁であれば、本庁と支部との間で裁判官を融通し合うなどして乗り切ることもあり得るかもしれないが、支部のない高松高裁では同様の問題が起こりえる。そうなると民事部の裁判官に応援を頼むということになろう。高裁民事部の裁判官は、刑事事件から離れて久しいと思われるが、その分、かえって思い切った判断をすることも期待される(勾留に関する裁判で、民事部の裁判官や簡裁の裁判官の方が容赦なく却下してくれることもあるというのは、刑事弁護経験者であれば一度は経験したことがあるのではないだろうか)。
高裁裁判官のマンパワー不足による多忙等の問題は、民事、刑事問わず問題視されており、効率化の名の下に手続保障がないがしろにされたり、裁判官がきちんと記録を読まずに適当な訴訟指揮や判断をしているのではないかとの指摘は近年、各所でなされている。本件も、そのような問題が表出した一事例と捉えることができ、裁判所の組織改革の必要性が急務の課題として挙げられる。
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