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週刊東洋経済9月9日号がしょうもない記事である理由

0 はじめに

週刊東洋経済9月9日号で、「揺らぐ文系エリート 弁護士 裁判官 検察官」という記事が掲載されていた。「司法制度の基盤が揺らいでいる。弁護士は「食えない」「AIが代替」と敬遠され、若手裁判官は続々退官。冤罪続きの検察は信頼回復の糸口が見えない。」などとセンセーショナルな冒頭のフレーズで煽っているので、どうせまたしょうもない記事なのだろうと思って読んでみたら、案の定であった。読む価値無しである。厳密に言うと、東京の企業法務系の仕事を考えている一部の弁護士や司法修習生、法科大学院生には関係あるかもしれないが、それ以外の大多数には異世界の出来事である。

いちいち引用するのもアホらしいので、どこがどうくだらないのか、極めて簡潔に述べていきたい。

1 「非弁行為」がクリアに弁護士のAI利用が加速 という部分

確かにAIを使った契約書レビューシステムや、判例・法令調査が広まってきているのはその通りだろう。しかし、普通に弁護士をやっている分には、人によって多少の差異はあるだろうが、契約書のチェックというのはメインの業務ではない。契約書と言っても、離婚や交通事故、刑事事件の示談書などについては、実務書が豊富にあるし、わざわざAIにお出ましいただくこともない。AIの活躍の場は、複雑な企業間の契約や、これまでにない新規のビジネスに関する契約書と思われるが、そういう案件は、東京の一部企業法務系事務所であればともかく、大多数の弁護士にとっては、少なくともメインの業務ではない。

「弁護士の日常業務で最も手間暇がかかるのが、判例や文献を調べるリサーチ業務」というのも、やはり企業法務寄りである。普通にやっていてももちろん判例調査などは重要な仕事であるが、「日常業務で最も手間暇がかかる」という風に感じたことは、私はない。

この時点で、この記事は、東京(と一部、大阪)の企業法務系事務所に勤務する弁護士を、弁護士の代表例であるかのごとく取り扱っていることが見える。しかしそれはほんの一部の特殊な集団に過ぎない。ちゃんと修飾語を付けるべきである。

この記事を書いた記者が、弁護士=東京の大手企業法務という固定観念を有しているのか、若しくは地方の弁護士や、いわゆる「マチベン」を下にみているのか、恐らくどちらかなのだろうが、それは不明である。

 

2 司法試験受験者数が激減 岐路に立つロースクール という部分

司法試験の受験者数が減少傾向にあること、突出して合格率が高く、ロースクールに行く費用と時間がカットできる予備試験が人気であることは、私が予備試験を受験した2011年から10年以上変わらない。この間にいくつかの変更はあったものの、記事の内容は10年以上ずっと言われ続けてきたことで、何の真新しさもない。週刊東洋経済は、以前にもこの類いの記事を出していたはずであり、サルベージしているのではないかと疑ってしまう。

 

3 食えないなんてウソ!出世する人はコミュ力高い 弁護士覆面座談会 という部分

まず、AからDの4名の弁護士が座談会形式で話をしているものの、読む限り全員が首都圏の企業法務系事務所のようであり、この時点で人選が偏りすぎている。

話している内容も、大手事務所から内定をもらって企業法務弁護士として出世コースを歩むことが当然の前提であるかのごとくに語られていて(それしか知らないのだから仕方ないと言えば仕方ない)、C弁護士の「「マチ弁は不安定」というのが通り相場だが、知り合いの弁護士は注記で競争相手が少なく仕事が選び放題だ。収入は高水準で安定しており、受ける仕事も自分の裁量で決められる」というのも、どこか遠い世界の出来事を話しているようにきこえる。

そもそも、出世とかコミュ力とか言っている時点で、ちょっと異世界である。

 

4 出世とお金 「食える?食えない?富む者はますます富む」という部分

その直前で「弁護士にいわゆる出世はない」という記事を出しておきながら、やっぱり出世を前面に押し出してくるあまり、記者のステレオタイプが見て取れる。

まず、収入に関する統計の分析はナンセンスである。なぜなら、同じ弁護士でも、自分で仕事を取ってくることで稼得する弁護士もいれば、上から与えられた仕事をこなすことで稼得する弁護士もおり、また所得税法の区分でも、事業所得がメインの弁護士と給与所得の弁護士がいるため、単純に比較はできないからである。特に企業内弁護士は、産休・育休をはじめとする豊富な福利厚生と、家賃補助などの諸手当が魅力のため、給料の額面を比較することには意味がない。

また、福岡で事務所を経営していると痛感するのが、同じ収入でも可処分所得の大小は全然違うということである。私の知り合いで東京の大手事務所に入った弁護士は、ほぼ例外なく事務所の近くに住んでおり、神田、大手町、神保町、麻布十番など一等地である。家賃も20万~30万を軽く超えているであろう。その他、日常生活に要する物価も高い。福岡だと、10万円もあれば十分な家が借りられるので、同じ収入でも可処分所得は全く異なってくる。つまり、この記事における比較は、東京で活動する、それなりに大きな事務所で、顧客も企業メインの事務所に勤める弁護士同士を比較するのには役立つかもしれないが、それ以外には役に立たないのである。タコツボの中のタコ同士を比較するようなものであり、大海原に泳ぐサメやシャチはどこへやらである。

もっとも、東京以外でも、稼いでいる人とそうでない人の差が広がっているということは言えるのではないかと思う。ただ、その理由は顧客獲得に向けた営業活動の大小によるところが大きい。

次に、顧問先の数がどうのと言っているが、顧問先を多数抱えて毎月一定の売上げを上げる、というのは、弁護士の唯一絶対の在り方ではない。例えば私は、インターネット広告やSNSに力を入れており、ネット経由での個人からの問い合わせに対する対応を強化している。「個人商店」主体から大手に人気集中というのも疑問符である。記事にもあるように、5人以下の事務所が全体の6割以上を占めるのであり、大手に人気が集中しているのは東京や大阪の話である。人数の多い上位10事務所の内訳は、7つが東京、2つが全国展開、1つが大阪である。

 

6 裁判官・検察官の話

裁判官や検察官になったことはないので、コメントは簡潔に留める。

裁判官については、メイン瀬木比呂志氏の論稿であり、以前に氏が出版した書籍と内容はほぼ同じである。「被告人」が「被告」となっているあたり、編集者が勝手に内容をいじっているのではないかという疑いもある。

ひとつ言えるのは、裁判官(検察官も同じである)には、社保などの福利厚生が充実しているし、官舎に住むことが多いので家賃がかからないので、単純にもらう給料の額面を弁護士と比較しても意味がないということである。これは企業内弁護士と同じである。

そんなことも分からない人が記事を書いているとは、週刊東洋経済といいながら、その経済感覚のなさには呆れるばかりである。

検察官については、冤罪などの不祥事が相次いでいることがメインに語られている。しかしながら、その事例も、大企業における経済犯罪が挙げられており、検察官の仕事のほんの一部に触れているに過ぎない。

検察官が敬遠される理由は、上下関係の厳しい風土と、長時間労働であろう。広島地検の検察官が、パワハラや長時間労働により自殺した事件(こちらの記事を参照)は記憶に新しい。

 

7 どうしてこんなしょうもない記事が出てくるのか

話をまとめると、この記事は、弁護士や検察官、裁判官のうち、極めて一部しかみていない。ちょっと古い言葉で言うと、一般的な弁護士、検察官、裁判官は「アウトオブ眼中」なのである。

弁護士に関して言うと、東大や早稲田慶応の法学部からロースクールに通う、あるいは予備試験を受験して、東京の大手事務所に就職し、その中で出世を目指すというキャリアプランについてしか述べられておらず、大多数の、地方として普通に仕事をしている弁護士については蚊帳の外である。

なぜそんな記事になるかというと、週刊東洋経済の読者層は、東京の会社に勤めるエリートサラリーマンを想定しているため、比較対象にしやすいからだろう。もっと言うと、東京が日本の全てであると信じて疑わない、清々しいまでの東京至上主義が根本にあり、その土俵の上で、読者に、「頑張って資格を取ったのに、稼げなくて苦労している」というメシウマ案件を投下し、読者の溜飲を下げさせることで部数を稼ごうとしているのではないかと疑ってしまう。「いい大学を出て、いい会社に就職する」ということが人生の勝ち組であるという固定観念から逃れることのできない悲しい定めなのかもしれない。

私が筆頭格であるが、弁護士(ここでは、東京の大手事務所で出世コースを目指す弁護士は除く)になる利点は、エリートサラリーマンで出世を目指す人とは明らかに発想が異なる。それは「自由」である。

以下は私の実体験に基づく感想である。これからいうのは例示であり、実際には他にもいろいろある。

まず、上司がいないので、上の顔色をうかがいながら仕事をする要素は皆無である。出勤時間や服装もない。午前中は家でメールを捌いて午後から事務所に行くのもありだし、今年に入ってからスーツを着たのは数えるほどしかない。接見の帰りに温泉に寄っていっても誰からもとがめられることもないし、真っ昼間からTwitterを書いたりスマホゲーにログインしていても誰からも怒られることもない。PCとiPhoneさえあればどこでも仕事ができるので、在宅勤務も容易であり、遠隔地でゆっくりしながら事務所を空けておくことも可能である。顧客との関係でも、信頼関係を形成できなさそうな依頼は断ることもできる。

これらは金に換算できないし、組織内で出世した程度がどうのという単一の尺度でしか人生を評価できない人にはそもそも想像もつかない話だろう。

週刊東洋経済は、「いい学校、いい大学、いい会社」で出世して金をもらうことが人生の唯一最適解であるというステレオタイプに取り憑かれ、タコツボにはまっている。タコツボの外にいる立場からみると、だからしょうもない記事なのである。

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