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少年事件の管轄 マークイズ事件に関する疑問

はじめに

 

最初に、こちらの報道記事をご覧いただきたい。

逮捕の少年を福岡家裁に送致 福岡地検 事件は鹿児島家裁に 商業施設刺殺事件

 

「明るくかわいい孫」手負えぬ一面も…少年の祖父苦悩 福岡の女性殺害事件

 

福岡市にある大型商業施設で、今年の8月に、15歳の少年が面識のない女性を刺殺するという事件が発生した。少年は、複雑な家庭環境に育ち、児童福祉施設や少年院への入所歴もあるという。刑事責任能力を検討するための鑑定留置が行われていたが、12月24日に福岡地検は責任能力に問題はないとして福岡家庭裁判所に送致した。

しかし、である。福岡家庭裁判所は、同日、事件を鹿児島家庭裁判所に移送する決定をした。私は、少年事件に精力的に取り組んでいる身として、この決定は不当であると考える次第である。以下では、その理由について、報道されている内容を前提に検討してみる。なお、私自身は、この事件には一切関与していないので、事件については報道されている以上のことは把握していないことをあらかじめお断りしておく。

 

少年事件の管轄

少年法5条1項は、少年事件の管轄について、「保護事件の管轄は、少年の行為地、住所、居所又は現在地による。」と規定している。このため、本件では、福岡家庭裁判所が管轄を有することは明らかである(事件発生は福岡市内であるため)。もっとも、2項では、「家庭裁判所は、保護の適正を期するため特に必要があると認めるときは、決定をもつて、事件を他の管轄家庭裁判所に移送することができる。」と規定しており、おそらく保護者の住居地を基準に、同項に基づく移送決定がなされたものと思われる。

 

何故に保護者の住居地に移送したのか

確かに、少年事件では、保護者の住所を少年の住所とみなして、保護者の住居地を管轄する裁判所で少年審判を行うことが多い。しかしながら、それは、少年の場合は通常、保護者と同居しており、少年審判が終わった後も、引き続き保護者の下で生活することが多いといえること、家庭裁判所の調査官が少年の生育歴や家庭環境を調査するためには、保護者の住居地を管轄する裁判所で審判を行った方が円滑な調査が行えることなどが実質的な理由となっているものと思われる。

しかしながら、本件の少年については、報道記事を見る限り、以下のような状況があるようである。以下、上記西日本新聞の記事を引用する。

 

幼少期から他者との意思疎通が苦手な一面があり、発達障害と診断されていた。強い口調で叱られたときなどは、かんしゃくを起こして手が付けられなくなったという。

少年が通った小学校の関係者によると、包丁を振り回す騒ぎを起こしたこともあったという。高学年からは家族の元を離れ、児童自立支援施設や少年院など数カ所の施設で過ごした。

両親が離婚。児童養護施設で生活することになったが、他の入所児童らへの暴力が目立ち、児童自立支援施設へ移されることになった。

少年は暴力的な傾向が改善せず、鍵のかかった部屋での隔離が可能な施設に移った後、少年院に入った。

関係者によると、8月の仮退院に当たり、約5年ぶりに母親の元で生活できるよう調整が進み、少年もそれを希望していたという。だが、直前で方針は変更され、福岡県内の更生保護施設で暮らすことに決まった。仮退院した翌日に施設を抜け出し、次の日、事件を起こして逮捕された。

 

このような少年の生育歴や、少年院からの仮退院時、親権者と思われる母のもとに帰住するという方針が直前になって変更されたことなどを踏まえると、今から親権者の下で暮らすという可能性は現実的にみて乏しいのではないかと思われるところである。そのような状態で、保護者の住居地であることを理由にして事件を鹿児島家庭裁判所に移送したところで、実のある調査官調査を行うことは期待しがたいのではないかと思われる。

少年法のコンメンタールである田宮・廣瀬「注釈少年法93頁」をみても、以下のような記載がある。少し長いが引用する。

 

少年は通常、保護者と同居しているので、保護者の住所を少年の住所と認定してよい場合が多い。しかし、少年が修学・就職等を契機に、その意思に基づいて保護者の住所と全く独立した場所に長期間居住している場合には、その地が少年の生活の本拠となるので、保護者の住所を少年の住所とすることはできない。もっとも、少年が事件を契機に保護者の下に住所を変更する意思を明示し、保護者もそれを許容し、少年の身の回り品などが保護者の下に届けられるなど、保護者の住所が少年の生活の中心地になることが客観的に予測される場合には、例外的に保護者の住所を少年の住所と認めることができる。但し、安易に保護者の住所を少年の住所とみなして移送することのないよう留意すべきである。特に、身柄事件では少年の防御にも大きく影響するので保護者の下への帰住意思の有無を観護措置手続の段階で少年から聴取すべきである。

 

本件で、福岡家庭裁判所の裁判官が、少年の帰住意思や保護者による少年の引き取り意思などを聴取した上で、「保護の適正を期するため特に必要があると認め」られるか否かをどれほど慎重に検討したのかは不明であるが、仮に安易に保護者の住所であることのみを理由として移送をしたのであれば、少年法5条2項の趣旨を正解しないものであると言わざるを得ない。

 

付添人が変わることの問題点

また、本少年はここまで、被疑者国選弁護の制度を用いて国選弁護人が弁護活動を行っていたものと思われるが、本件が鹿児島家庭裁判所に移送されてしまうと、少年審判の段階での国選付添人は、鹿児島の弁護士の中から選任されることになると思われる。

そうなると、新たな付添人は、少年に対して改めて一から事情を聴取する必要があるし、少年も、それまでの弁護人に話していた内容を、改めて別の弁護士に話さなければならないという負担がある。また、被疑者段階の弁護人が、今後の少年の帰住先等について環境調整を進めていたとしても、家裁送致後に引き続きケースワークを行うことができなくなってしまう。

しかも、本件は、観護措置の期間に年末年始を挟むため、付添人の持ち時間は実質的には2週間程度しかないものと考えられ、その期間に環境調整を進めることは、被疑者段階の弁護人から引き継ぎを受けたとしても、一苦労である。

先に引用した、田宮・廣瀬93頁でも、「被疑者に対する国選弁護制度が少年事件にも適用され、また、国選付添人制度が少年保護事件に導入されたことも踏まえ、少年の同一弁護士による法的援助を受ける利益にも配慮すべきであろう」と記載されている。

本件で、移送決定をした裁判官が、こうした少年の利益についてどこまで考慮をしていたのかは不明である。

 

被害者の負担

本件では、被害者には捜査段階から代理人弁護士がついていた。少年法では、一定の事件については、被害者や遺族が意見を述べ(少年法9条の2)、被害者や遺族による審判の傍聴を裁判所が許可した場合に傍聴できるという制度がある(少年法22条の4)ため、本件でもその申出がなされる可能性が高い。この場合、代理人弁護士を被疑者段階と同一の弁護士に依頼することは、国選付添人に比べればハードルは高くないものの、福岡の弁護士が鹿児島家庭裁判所の少年審判に参加していくことは、やはり相当な負担を伴う。被害者遺族自身が審判に出席する場合を考えると尚更である。

 

まとめ

このように、本件では、少年の手続的な利益や、被害者への負担などを考慮してもなお、鹿児島家庭裁判所に移送することが「保護の適正を期するため特に必要」であったといえるかどうか、大いに疑問である。これについては、法律上、再度の移送も可能であるとされているため、鹿児島家庭裁判所としては、この要件について再度、慎重に吟味することが求められているといえよう。

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