最決令和6年11月15日令和6年(し)761号 不服申立て期間の起算点
決定要旨
弁護人からの証拠開示命令請求を棄却した決定に対しては、弁護人は、検察官又は被告人以外の者で決定を受けたものとして即時抗告をすることができるほか、被告人のため即時抗告をすることもできる。そして、弁護人が被告人のため即時抗告をする場合、その提起期間は、証拠開示命令請求を棄却した決定の謄本が被告人本人に送達された日から進行する。
弁護人からの証拠開示命令請求を棄却した決定の謄本が先に弁護人に送達され、その後に被告人本人に送達された場合において、弁護人が同決定に対して即時抗告をするときは、その提起期間は、同決定の謄本が被告人本人に送達された日から進行するものと解すべきである。
解説
1 はじめに
本決定は、刑事訴訟法316条の26第1項に基づく弁護人からの証拠開示命令請求を棄却する決定に対して弁護人が即時抗告する場合、決定謄本が先に弁護人に送達され、その後に被告人本人に送達された場合には、後者である被告人本人に送達された日から即時抗告期間をカウントすべきであるとした事例である。
2 問題の所在と学説の状況
刑事訴訟法上、複数の当事者に別々のタイミングで裁判結果が送達される場合がある。この場合、不服申立て期間は、各当事者について個別に進行するのが原則である。しかるところ、刑事訴訟法における弁護人の地位はやや特殊であり、「一般に、被告人に対し包括代理権を有するとされる上に被告人の意思から独立して訴訟行為をする権限、さらには弁護人に固有の権限が与えられている」と解されている(条解刑訴第5版44頁)。そして、被告人の包括的な代理人としての地位と、固有の権限を有する弁護人としての地位は、併存的に存在するものと考えられることから、被告人と弁護人への決定書の送達時期がずれた場合に、いずれを基準に考えるべきであるかという点が問題になるのである。
学説上は、いずれか先に送達された時から進行するとする説や、被告人本人を基準とする説、固有の上訴権者に送達された時が基準となるとする説などがあるようである。
3 先例の検討
最高裁がいずれの見解を採用したとみるべきかという点については、本決定のみからは読み取れず、最決平成23年8月31日刑集65巻5号935頁を参照する必要がある。
同事例は、本件と同じ刑事訴訟法316条の26第1項に基づく弁護人からの証拠開示命令請求を棄却する決定に対して弁護人が即時抗告した事案であるところ、決定書が、本件とは逆に、先に被告人本人に送達され、その後に弁護人に送達されたという事例であった。最高裁は、「本件証拠開示に関する裁定請求においては、請求の主体は弁護人であり、裁定請求が認められた場合に証拠開示を受ける相手として予定されているのも弁護人であったものであって、このような請求の形式に加え、公判前整理手続における証拠開示制度の趣旨、内容にも照らすと、弁護人において上記の証拠開示命令請求棄却決定を受けたものと解されるから、同決定に対する即時抗告の提起期間は、弁護人に同決定謄本が送達された日から進行するものと解するのが相当である。」として、弁護人に送達された日を基準にカウントすべきであると判断された。
同決定の書きぶりから、学説上は、上記の固有の上訴権者に送達された時が基準となるとする説が採用されたものと評価されたようである。しかし、本決定については、固有の上訴権者説からは説明困難である。
4 本決定の検討
では、どのように考えるのが妥当であろうか。
筆者としては、以下のように考える。
弁護人には、上述のように、代理人としての地位と、弁護人固有の地位とが併存する。本件のような場面で、被告人本人に対する送達時期を基準に不服申し立て期間をカウントするのは、被告人本人の手続保障のためであり、弁護人は被告人の権利を代理人としての地位に基づいて代弁するということになる。他方、弁護人に対する送達時期を基準とするのは、弁護人固有の地位に関して手続保障を貫徹する趣旨である。刑事訴訟法上、両者の地位は併存しており、互いに相反するようなものではないことからすると、双方の地位について手続保障を全うするためには、いずれの不服申立て期間も経過して初めて、不服申立てがなく原裁判が確定すると解するのが相当である。
本決定の「弁護人からの証拠開示命令請求を棄却した決定に対しては、弁護人は、検察官又は被告人以外の者で決定を受けたものとして即時抗告をすることができるほか、被告人のため即時抗告をすることもできる。」という説示も、同旨に出たものと理解できる。
本決定と平成23年決定は、このように理解する限り、矛盾するものではなく、統一的に理解することが可能である。
5 実務家としての観点
刑事弁護実務を考えても、いずれか遅い方を基準に考えることが妥当であると思われる。
まず、先に被告人本人に送達される場合、実務上、被告人にいつ送達されたのかを弁護人が適時に把握することは必ずしも容易でない。特に、全国の拘置所は原則として土日や夜間の受付を行っていないから、被告人が拘置所に収容されている場合、弁護人が拘置所に確認したり、被告人に接見して確認したりできないために、送達時期を把握できないということは容易に想定しうる。特に、年末年始や大型連休、3連休などを挟む場合は、それだけで即時抗告期間を経過してしまいかねないため、被告人本人のみを基準に考えることの弊害は顕著である。留置場にいる場合も、弁護人がすぐに接見に行けるとは限らないし、在宅事件でも、被告人が郵便物を受け取る毎に、逐一、弁護人に報告してくれるとも限らない。そもそも被告人が受け取った郵便物の内容や意義を理解できていない場合もありうる。
他方、弁護人に先に送達される場合を考えると、例えば、弁護人としては、裁判所の決定について不服申立てをするだけの材料がなく、これを断念するのもやむを得ないと考えた場合でも、被告人が納得せずに、あくまで不服申立てをして欲しいと弁護人に依頼することは実務上ままある話である。このような場合に、弁護人が不服申立てできないとすると、被告人本人にさせるしかなくなるということになるが、「被告人は、通常、法律的知識にうとく自らの権利を守るのに知識経験に乏しいから、裁判所や検察官といわば対等にわたりあえる法律専門家として被告人の後見・保護の役割を担うのが弁護人だという」考え方(条解刑訴44頁)が一般的であることに照らして考えると、そのような結論は弁護人の存在意義を否定するものとなりかねない。
従って、双方について手続保障を貫徹することが必要であり、双方について不服申立て期間を経過することが、不服申し立て期間の最終的なデットラインであると見るべきであろう。
なお、当職の経験からすると、福岡地裁の事件の場合、本件のような裁判所の決定は裁判所に取りに行くことが圧倒的に多い(交付送達ということになる)ため、ほとんどの場合、被告人よりも先に弁護人に送達される。他方、久留米や小倉などの遠方の事件を受任した場合には、郵送での送達になることが多いため、被告人本人に先に送達される場合もありうる。
5 他の先例に与える影響
しかし、このような考え方とは矛盾するような判例もある。
最決昭和43年6月19日刑集刑集22巻6号483頁は、保釈請求却下決定に対する準抗告棄却決定の謄本が、先に被告人に、後に弁護人に送達された場合において、特別抗告の申立ては被告人に送達された日を基準にカウントすべきであるとした事例である。また
刑事補償請求棄却決定に対する即時抗告棄却決定謄本が先に請求人本人に、後に代理人弁護士に送達された場合に、請求人本人を基準に特別抗告期間をカウントすべきとした最決昭和55年5月19日刑集34巻3号202頁も存在する。
保釈に関しては、当然、被告人本人は身体拘束されている状況下における事案であるから、被告人本人に先に送達された場合、弁護人がそのことを適時に把握できないという問題点は同様に妥当する。そうしたことや、手続保障の重要性は保釈に関する手続の場面においても何ら異ならない(むしろ、被告人の身体拘束が問題となる以上、証拠開示よりも憲法上の権利に直接的に影響するものと言える)ことからみると、保釈に関しても、いずれか遅い方について不服申立て期間が経過することを要すると解すべきであり、昭和43年決定は不当である(なお、同決定に対する評釈である判タ224号183頁は、「被告人の利益という見地から、正当な結論と思われる。」として同決定を支持するが、上記のような刑事弁護実務を適確に理解していないものと言わざるを得ず、妥当でない)。本決定によって、昭和43年決定は実質的に変更されたものと解すべきである。刑事補償についても、同様に考えるのが妥当であろう。昭和43年決定を許容する余地を見いだすとすれば、保釈請求には回数制限がなく、再度の申立てにより救済される余地もないではないという点に求めるよりほかない。
6 実務上の注意点
とはいえ、実際の実務においては、不服申立て期間の経過は時に致命的な結果をもたらしうる(手続上取り返しがつかないだけでなく、懲戒請求の対象となりかねない)ため、注意してもし過ぎることはない。
先ほども述べたとおり、当職は、福岡地裁本庁の事件については、原則としてこのような裁判所の決定は、裁判所に取りに行く、すなわち交付送達を基本とし、不服申立ては可能な限りその日のうちか、遅くとも翌日には行うこととしている。遠方の事件の場合、不服申立てを行うことが予想される事案については、本人との接見に合わせて裁判所に取りに行くなどを積極的に検討し、書記官に郵送ではなく交付送達を希望する旨伝達することも少なくない。可及的速やかに不服申立てを行うことは当然である。
とりわけ、複数の弁護人が選任されている事件などは、弁護人間の意見のすりあわせや、起案の添削などから機動的な対応が難しい場合もあり、スケジュール管理には特に注意が必要である。
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