【速報】ベトナム人技能実習生による死体遺棄被告事件の控訴審判決について【これでいいのか】
はじめに
令和4年(2022年)1月20日、福岡高裁で注目すべき判決が言い渡された。ベトナム人技能実習生が、出産(死産)した児(双子)を遺棄したとして死体遺棄罪に問われた事件の控訴審判決である。
本稿では、同判決に関するこれまでの報道経過や、判決内容を報告する弁護団の記者会見における発言等を踏まえ、現時点で可能な分析を試みる。
事案の概要
被告人Yは、ベトナム国籍を有するベトナム人女性(日本語はほとんど話せず、通訳を必要とする)であり、我が国の技能実習生の制度を用いて来日し、熊本県南部の農園で稼働しながら、本国に送金を行っていた。
Yは妊娠していることに気がついたものの、約150万円を負担して来日していたにもかかわらず、妊娠していることが周囲に発覚すると本国に帰国することを余儀なくされると考え、周囲に妊娠の事実を告げていなかった。
Yは、令和2年11月25日、自宅において双子を出産したものの、死産であった。Yは、児をタオルにくるみ、手紙を添えて段ボール箱に入れて封をし、自宅の棚の上に安置した。
しかし、翌日、Yの病院受診を契機に死産が発覚し、Yは児の死体を遺棄したとして逮捕され、その後起訴された。
第一審の経過(判決文を検討済)
第一審(熊本地判令和3年7月20日令和2年(わ)455号)は、弁護人の「被告人は,産婦人科でも行われている方法で,えい児を段ボール箱に入れ,ベトナムで一般的に行われている土葬によってえい児を埋葬するつもりでいたから,死体を放置していたとはいえず,被告人には死体遺棄の故意がない」という主張を退け、以下のように判示して、死体遺棄罪の成立を認め、被告人に懲役8月執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。
・刑法190条は,国民の一般的な宗教的感情を,社会秩序として保護する。したがって,同条の遺棄とは,一般的な宗教的感情を害するような態様で,死体を隠したり,放置したりすることをいう。
・被告人は,死産を隠すために,えい児を段ボール箱に二重に入れ,外から分からないようにした。そして,回復したら誰にも伝えず自分で埋葬しようなどと考え,1日以上にわたり,それを自室に置きつづけた。これらの行為は,被告人に埋葬の意思があっても,死産をまわりに隠したまま,私的に埋葬するための準備であり,正常な埋葬のための準備ではないから,国民の一般的な宗教的感情を害することが明らかである。したがって,被告人がえい児を段ボール箱に入れて保管し,自室に置きつづけた行為は,刑法190条の遺棄にあたる。
被告人・弁護人は、これを不服として控訴した。
控訴審
福岡高判令和4年1月20日事件番号不詳は、大要、以下の通り判示して、被告人に死体遺棄罪の成立を認めた。もっとも、技能実習生の立場で苦境に置かれていたことを考慮して、原判決を破棄し、懲役刑の下限(死体遺棄罪には罰金刑がない)である懲役3月執行猶予2年を言い渡した。
・死体を埋葬するためには、通常、相応の時間を要するから、不作為による死体遺棄(葬祭義務違反)が成立するためには、単に死体を放置するだけでは足りず、放置後、相当期間が経過することを要する。
・本件では、被告人が死産してから、死体が発見されるまでには約1日と9時間しか経過しておらず、かかる事実関係の元では、被告人に不作為による死体遺棄罪の成立を認めることはできない。よって、「被告人がえい児を段ボール箱に入れて保管し,自室に置きつづけた行為」について死体遺棄罪の成立を認めた原審の判断は誤りである。
・一方、被告人は、周囲に妊娠・出産の事実が発覚しないように、段ボールに二重に入れて封をした上で保管するなどの行為を行った。しかし、かかる行為が、通常の葬祭準備行為に当たるとは言えず、死体を隠匿する行為であると評価すべきである。よって、被告人について、右隠匿行為は死体遺棄罪を構成するから、被告人に死体遺棄罪の成立を認めた原審の判断は、結論においては、正当として是認できる。
判決を受けた弁護団のコメント
判決後に行われた記者会見において、弁護団は次のようにコメントした。
・控訴審判決は、被告人の行為が、なにゆえに死体遺棄罪の保護法益である、死者に対する尊崇の念を害するか、という点について何ら言及していない。
・「遺棄」の文言の曖昧不明確さが浮き彫りになっており、罪刑法定主義との関係でますます問題点が浮上したように思う
・控訴審判決は、被告人が死体ひいては妊娠・出産の事実を周囲に隠していたことを重要視する。しかし、かかる事実が直ちに死体遺棄罪の保護法益である、死者に対する尊崇の念を害するとは言えず、控訴審の判断は短絡的である。
・本件では、技能実習生という立場にあって、周囲に妊娠の事実を明かすことのできない事情が認められた。かかる状況で、いわゆる孤立出産を行った被告人が、被告人なりの方法で精一杯の弔いをしたものと評価すべきであるのに、これを作為による隠匿行為であると評価するのは、技能実習生の立場に対する理解を欠いている。
・もっとも、いわゆる孤立出産一般につき、出産後に何もできなかったと言うだけで死体遺棄罪に問われる可能性について、相当程度の経過を要するとして一定の歯止めを欠けたという意味では、控訴審判決に評価できる部分がないとは言えない。しかし、全般的に問題があり、上告する予定である。
当職の見解
死体遺棄の保護法益
死体遺棄の保護法益は、一般的には、死者に対する尊崇の念(に関する国民一般の宗教的感情)とされており、特定の宗教に与するものではないから信教の自由には反しないとされている。
このように、そもそも、保護法益として考えられている概念自体が、極めてスピリチュアルな、曖昧なものである。
刑法制定時の明治時代は、我が国にそれほど外国人もいなかったし、日本人の葬儀も、仏教、神道を中心に土俗信仰などがある程度であったと思われる。また、「本音と建て前」と言おうか、障害を持つ子どもが生まれた場合に、産婆がこっそりと始末してしまうような、いわゆる「間引き」行為も行われていたような時代である。
これに対し、現代では、我が国にも多種多様な文化、宗教を有する外国人が居住している。また、日本人の宗教観自体も大きく変化しており、葬儀の簡素化や、水中への散骨など、多種多様な葬祭の方法が実行されるようになっている。
このような中で、国民一般(general)の宗教的感情を観念すること自体に、そもそも無理が来ているのではないかと思われるところである。そうであるとすると、「遺棄」の概念が曖昧不明確であり、罪刑法定主義に反するという主張は、極めて傾聴に値するものと思われる。制定当初は曖昧不明確ではなかったかもしれないが、現代の社会情勢を前提とすると曖昧不明確となる、ということはあり得るだろう。
実際に、死体遺棄罪に問われる事例というのは、殺人犯人が自ら殺害した被害者の死体を隠匿する行為や、死亡の事実を秘匿して年金や生活保護を不正に受給する事案などのように、死体を遺棄することが、他の犯罪を容易にし、あるいは他の犯罪の発覚を免れさせることにつながっているものがほとんどである。換言すれば、死体遺棄の保護法益として考えられている、死者に対する尊崇の念のみが単独で害される事例というのは、実際にはほとんど処罰されていないということができる。これは、その分、死体遺棄罪の保護法益が、外縁のつかめない曖昧不明確なものになりつつあると言うことの証左ではないかと思われる。
訴因変更の要否
また、本件では、検察官が、死体を段ボールに入れて放置したという不作為犯との構成で起訴し、これを前提に攻防が行われ、第一審判決は不作為による死体遺棄罪の成立を認めている。その控訴審が、訴因変更を経ることなく、隠匿行為という作為による死体遺棄罪の成立を認めるというのは、不意打ち的な事実認定であり、訴訟手続の法令違反を構成するのではないかという疑いがある。
確かに、本件では、客観的な事実関係にはほとんど争いがなく、専ら法的評価が争われている。従って、控訴審判決は、第一審判決と異なる評価を加えた上で、事実に法律を適用しただけであるという考え方もあり得よう。しかし、控訴審判決が第一審判決を誤りであるとしたように、作為による死体遺棄罪と不作為による死体遺棄罪とでは、自ずと検討事項や成立要件が異なってくるのであり、控訴審の審理としては、率直に心証を開示した上で、検察官に訴因変更を促し、弁護人に対して、作為による死体遺棄罪の成立についての防御を尽くす機会を与える等の訴訟指揮を行うべきではなかったかと思われる。端的に、破棄差戻ししても良かったのではないかと思われる。
違法性の認識可能性
控訴審では、死体遺棄罪の故意についてどのような判断がされたのか、現時点では不明である。
しかしながら、被告人は日本語もあまり話せない、ベトナム国籍を有するベトナム人の若年女性であることから見ると、我が国における通常の妊娠・出産の経過(妊婦健診受診等)や、死体の埋葬方法等について、それほど正確な知識を持ち合わせていたとは思われない。他方、被告人は、我が国で稼働しながら本国に仕送りを行っていた一方で、妊娠により本法滞在が事実上不可能になるのではないかと追い込まれた状態にあったことを踏まえると、そのような状態で出産した被告人が、被告人なりの方法で死者に対する弔いの気持ちをもって行った行為について、違法性の認識可能性があったとはいえないのではないかと思われる。
我が国の刑法では、違法性の認識を欠いていたとしても、犯罪の成立には影響しないとされている。もっとも、違法性の認識可能性すらない場合には、責任が阻却されるという見解が有力に主張されている。本件はそのような事案に当たるのではないかと思われるところである。
この点について、第一審判決は、「被告人に愛情や埋葬の意思があったとしても,被告人はそれらをまわりに隠れてやろうとしたから,そのような私的な埋葬やその準備が,国民の一般的な宗教的感情を害することは変わりがない。ベトナムでも,まわりに隠したままで私的に埋葬することが許されているとは思われない。」として、故意の成立に欠けるところはないとした。しかしながら、妊娠・出産の事実をおおっぴらにしなければならないという法的義務はどこにもない。芸能人や皇族でもない限り、妊娠・出産というのはプライベートな出来事であるから、誰にどのような範囲で開示するのか、については、本人のプライバシー権や自己決定権が認められてしかるべきである。近年、性的指向を勝手に第三者に開示してはならないという、いわゆるアウティングの禁止が言われているところ、本質的には同じことではないかと思われる。
裁判官が、周囲に言えないような妊娠・出産はやましいものだから、処罰の対象としても問題ないと思っているのであれば、それはあまりに不合理な、強者の論理、「お育ちの良い人の論理」と言わざるを得ないであろう。
また、被告人の行為によって、法益が害された程度は僅少なものと思われるため、可罰的違法性が阻却されるという構成もあり得るのではないかと思われる。
技能実習生制度との関連
最後に、我が国の技能実習生の制度との関連での問題点を指摘しておく。
技能実習生は、読んで字のごとく「技能」を「実習」する外国人のはずである。しかしながら、本件の被告人のように、日本語もほとんど話せずに、農園で単純労働に従事する外国人が、「技能」を「実習」しているというのはいかにも牽強付会であり、単純労働者の移民政策に他ならないであろう。
我が国は、人口減少による人手不足が叫ばれ、その解決策として移民政策の是非が議論されて久しい。他方で、移民による治安悪化や本国人との摩擦、それによる移民排撃政党の躍進と行った出来事は、実際にドイツや北欧等の国で発生している事案である。特に我が国は、万世一系、皇紀2682年の伝統を有する単一民族国家であると考える保守層も多く、外国人移民政策は根本的になじまないのではないかという批判も根強いところである。
このように、イデオロギー対立や治安問題等の議論を回避しつつ、安価な労働力を確保するために、二枚舌的な技法で外国人を本邦に招いているのが、現状の技能実習生制度である。その矛盾は各方面で露呈しており、その一端が本件であるということは疑いのない事実であるように思われる。この点に関する対立は、選挙における困難な争点となりかねないため、各党ともあえて議論の俎上に載せることから逃げているように思えてならない。
私個人の見解としては、単純労働のために外国人移民を受け入れることは相当でなく、人口が減少しても困らないような、IT、ロボット等への先端技術への投資を積極的に行うべきであると考えている。そういった点も踏まえ、我が国の移民政策について、もっと国民的な議論を行うことから逃げてはならない。
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