最判令和6年10月31日令和5年(受)906号 大学教員の任期
はじめに
本件は、大学の教員の職が大学の教員等の任期に関する法律4条1項1号所定の教育研究組織の職に当たるとされた事例である。
事案の概要
Xは、羽衣国際大学(Y:学校法人羽衣学園が設置、運営)人間生活学部人間生活学科生活福祉コース専任教員であった者である。
Yは、同コースの専任教員4名のうち1名が退任したことに伴い、後任の専任教員を募集していたところ、Xがこれに応募した。募集要項では、介護福祉士等の資格を有し、当該資格取得後5年以上の実務経験を有することを応募条件とし、初回の契約期間は3年で、更新は1回に限るものとされていた。
Xは、上記の募集に応じ、平成25年3月4日、Yとの間で、契約期間を同年4月1日から平成28年3月31日までの1年間とし、専任教員として勤務する旨の労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結した。被上告人は、平成25年4月1日から生活福祉コースの講師の職(以下「本件講師職」という。)に就き、介護福祉士の養成課程に係る演習、介護実習、レクリエーション現場実習、論文指導、卒業研究といった授業等を担当し、知識と技術等の教授に当たった。本件大学に係る教員の任期に関する規則には、任期法5条1項の規定により任期を定めて雇用する教員として、人間生活学部の講師が掲げられていた。
XとYは、平成28年4月1日頃、契約期間を同日から平成31年3月31日までの3年間とし、再度の更新をしないものとして、本件労働契約を更新した。
Xは、平成30年11月4日、上告人に対し、本件労働契約の契約期間が満了する日の翌日から労務が提供される無期労働契約の締結の申込みをした。
原審は、以下の通り判示して、XによるYに対する地位確認請求を認容した。
「Yにおいて、本件講師職に就く者を定期的に入れ替えることが合理的といえる具体的事情は認められず、むしろ安定的に確保することが望ましいといえること、被上告人が担当していた授業等の内容に照らすと本件講師職には介護分野以外の広範囲の学問に関する知識や経験は必要とされず、担当する職務に研究の側面は乏しいといえることからすると、本件講師職が任期法4条1項1号所定の教育研究組織の職に当たるということはできない。」よって、労働契約法18条1項が適用され、XY間には無期労働契約が締結されたとみなされ、Xの請求を認容すべきである。
これを不服として、Yが上告受理申立を行った。
判旨
破棄差戻し
任期法は、4条1項各号のいずれかに該当するときは、各大学等において定める任期に関する規則に則り、任期を定めて教員を任用し又は雇用することができる旨を規定している(3条1項、4条1項、5条1項、2項)。これは、大学等への多様な人材の受入れを図り、もって大学等における教育研究の進展に寄与するとの任期法の目的(1条)を踏まえ、教員の任用又は雇用について任期制を採用するか否かや、任期制を採用する場合の具体的な内容及び運用につき、各大学等の実情を踏まえた判断を尊重する趣旨によるものと解される。そして、任期法4条1項1号を含む同法の上記各規定は、平成25年法律第99号により労働契約法18条1項の特例として任期法7条が設けられた際にも改められず、上記の趣旨が変更されたものとも解されない。そうすると、任期法4条1項1号所定の教育研究組織の職の意義について、殊更厳格に解するのは相当でないというべきである。
前記事実関係によれば、生活福祉コースにおいては、被上告人を含む介護福祉士等の資格及びその実務経験を有する教員により、介護実習、レクリエーション現場実習といった授業等が実施されており、実務経験をいかした実践的な教育研究が行われていたということができる。そして、上記の教育研究を行うに当たっては、教員の流動性を高めるなどして最新の実務経験や知見を不断に採り入れることが望ましい面があり、このような教育研究の特性に鑑みると、上記の授業等を担当する教員が就く本件講師職は、多様な知識又は経験を有する人材を確保することが特に求められる教育研究組織の職であるというべきである。
したがって、本件講師職は、任期法4条1項1号所定の教育研究組織の職に当たると解するのが相当である。
解説
労働契約法18条1項は、一定の要件を満たした有期労働契約にかかる労働者について、無期雇用への転換を認めている。これは、非正規雇用の拡大の中で、有期労働契約が雇用の調整弁として用いられ、いわゆる雇い止めにより労働者の地位が不安定化するなどしたことを背景として制定されたものであり(村林俊行ほか「有期契約社員の無期転換制度 実務対応のすべて」)、そこには、相当程度の長期間にわたり有期労働契約を締結して労務を提供してきた労働者の期待を保護するという趣旨も含まれるものと思われる。
他方、大学の教員等の任期に関する法律は、「大学等において多様な知識又は経験を有する教員等相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出することが大学等における教育研究の活性化にとって重要であること」(同法1条)から、一定の場合には、労働契約において任期を定めることができるものとし、同法7条において、無期転換の権利が付与される時期を、一般の労働者(5年)よりも長い10年とすることを認めている。
任期付とできる場合は、法4条1項に掲げられており、
一 先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。
二 助教の職に就けるとき。
三 大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき。
とされている。本件は、このうち1号該当性が問題となったものである。
1号については、学問というものは最新の知見を探求する不断の努力によって発展していくものであるから、その人事においては、流動性を高めることで研究者間の切磋琢磨を促すことが学問の発展に資するという点において、通常の労働者とは異なる側面があるため、広く任期付とすることを許容する規定がなされているものと思われる。
原審は、「本件講師職に就く者を定期的に入れ替えることが合理的といえる具体的事情は認められず、むしろ安定的に確保することが望ましいといえること」「授業等の内容に照らすと本件講師職には介護分野以外の広範囲の学問に関する知識や経験は必要とされず、担当する職務に研究の側面は乏しいといえる」ことを指摘して、Xは教育研究組織の職にあたらないとした。これに対して、本判決は、任期法の要件を殊更厳格に解釈するのは相当でないとした上で、介護福祉士の資格や実務経験を活かした教育研究が行われていること、そのような教育研究を行うに当たっては、教員の流動性を高めるなどして最新の実務経験や知見を不断に採り入れることが望ましい面があることなどから、教育研究組織の職に該当すると判断したものである。
最高裁は、大学の教員等の任期に関する法律の趣旨を踏まえ、これが労働契約法の原則を修正する特別法であること、文言上も、裁量との文言こそ用いないものの、各大学の実情に即した柔軟な人事を認めるを許容するような規定振りになっていることなどを重視し、Xが国家資格である介護福祉士の知識や実務経験を用いて教育研究にあたる以上、任期法の目的である多様な人材の確保という観点から、Xについて任期法を適用することが相当であると判断したものと思われる。
原審は、Xの地位の安定を重視したものであると思われるが、かえって、介護職に求められる専門性を軽視し、介護職を単純労働に引きつけて考えているきらいがあり、そのような姿勢には疑問もある。任期法の解釈としては、本判決が妥当であろう。
もっとも、大学教員の地位の不安定さは社会問題になっている。実際には、学問の発展のために切磋琢磨するよりも、短期的な研究成果が必要以上に重視され、長期的な学術研究にはかえって阻害的に働いているのではないかという指摘や、地位の不安定さにより教育研究職のなり手が不足し、ノーベル賞等を中心とする学術研究における国際競争力の低下を招いているのではないかという指摘もあるところである。
学問の世界は、絶えず新進気鋭の気風を取り入れ、既得権益化を可及的に阻止することが、その発展のために重要であると言うことについては、その通りであろう。しかし、そのために雇用の流動性を高めるにしても合理的な限度があり、やりすぎると、教育研究の現場がブラック企業と化し、優秀な人材に敬遠されるという弊害も生じうる。また、若手学者の地位の不安定さは、安定した地位にいる者(特に、大学上層部)をかえって既得権益化させるという点も、軽視することは出来ないように思われる。学術研究における人事の在り方について、立法を含めた抜本的な改革が急務であろう。
参照条文
労働契約法18条1項 同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。
任期法4条 任命権者は、前条第一項の教員の任期に関する規則が定められている大学について、教育公務員特例法第十条第一項の規定に基づきその教員を任用する場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、任期を定めることができる。
一先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。
二助教の職に就けるとき。
三大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき。
2任命権者は、前項の規定により任期を定めて教員を任用する場合には、当該任用される者の同意を得なければならない。
任期法5条 国立大学法人、公立大学法人又は学校法人は、当該国立大学法人、公立大学法人又は学校法人の設置する大学の教員について、前条第一項各号のいずれかに該当するときは、労働契約において任期を定めることができる。
2国立大学法人、公立大学法人又は学校法人は、前項の規定により教員との労働契約において任期を定めようとするときは、あらかじめ、当該大学に係る教員の任期に関する規則を定めておかなければならない。
3公立大学法人(地方独立行政法人法第七十一条第一項ただし書の規定の適用を受けるものに限る。)又は学校法人は、前項の教員の任期に関する規則を定め、又はこれを変更しようとするときは、当該大学の学長の意見を聴くものとする。
4国立大学法人、公立大学法人又は学校法人は、第二項の教員の任期に関する規則を定め、又はこれを変更したときは、これを公表するものとする。
5第一項の規定により定められた任期は、教員が当該任期中(当該任期が始まる日から一年以内の期間を除く。)にその意思により退職することを妨げるものであってはならない。
任期法7条1項 第五条第一項(前条において準用する場合を含む。)の規定による任期の定めがある労働契約を締結した教員等の当該労働契約に係る労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第十八条第一項の規定の適用については、同項中「五年」とあるのは、「十年」とする。
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