ほんとうにあった怖い事例 蛇~ローテーション
判例を調べていると、こんな事例が本当にあったのか!と思うような事例にでくわすことがしばしばある。今回は、そのような事例をひとつご紹介する。
大判昭和7年10月10日大刑集11巻1519頁である。
事件が発生したのは昭和6年12月24日。満州事変が発生したのが昭和6年9月18日であるから、その約3箇月後、徐々に戦争の足音が聞こえてきているような時代である。もちろん、現代のように、12月24日だからと言ってのんきにクリスマスイブを祝っているはずもない。以下、原文から引用する(仮名遣いや旧字体は読みやすいように改め、読み方が難しい漢字はひらがなに置き換えた)。
「被告人はかねて株式会社三越が不良品を販売し再三他人より注意を受けたるもこれに応ぜずのことを聞き込み以来同会社に対する反感を抱きおりたるものなるところ」
三越とは、今なお残るあの三越である。被告人は、三越が不良品を販売しているとの風聞に接して、三越に対する反感を募らせていたという。現代でも、Twitterの噂を真に受けて企業にクレームの電話を入れる者がいるように、90年前にもこういう人はいたのである。
さてその次がすごい。
「昭和6年12月24日メリケン袋在中の縞蛇20匹を携え同日午後1時頃東京市日本橋区駿河町2番地所在株式会社三越5階食堂に至り右縞蛇20匹同食堂配膳部に向て撒散し折柄満員中の同食堂を大混乱に陥らしめ以て威力を用い右会社の業務を妨害したるものなり」
どうですか。皆さん。お昼時の三越の食堂に、シマヘビ20匹をいきなりまき散らしたわけである。シマヘビには毒はないものの、撒いた本人以外はなに蛇なのかもわからないわけである。それは大混乱にもなるわけである。
ちなみに、東京市日本橋区駿河町というのは、現在の中央区日本橋室町に該当する。そう、今の日本橋三越である。
さて、当然、被告人は起訴されて裁判になり、懲役3箇月を言い渡された。これを不服として、弁護人が大審院、今で言うところの最高裁に上告した。大審院は、次のように述べて、上告を棄却した。
「原判決の確定したる事実は被告人は株式会社三越に対する反感ありたる為判示時所において三越の経営に係る5階食堂に至り所携の縞蛇20匹を同食堂配膳部に向って撒き散らし折柄満員中の同食堂を大混乱に陥らしめ以て威力を用い右会社の業務を妨害したるものなりというにあればその行為の刑法第234条に触るるものなること弁をまたず。」
どう考えても威力業務妨害罪でしょう、というわけである。
この判例は、当時の公刊物に載っており、原典には被告人の名前までバッチリ書かれている。まさかまき散らした本人も、判例集に搭載されて後年まで語り継がれることになるなんて思ってもいなかったであろう。それにしても、帝都東京で、一体どうやってシマヘビを20匹も用意したというのであろうか。
さてさて、この現代に、そんなことするやつはいないだろう、だがもしかして、迷惑系YouTuberが「食堂にヘビ撒いてみた」なんて動画を投稿して逮捕されるなんて事件があったりしないだろうかと思って調べていると、なんと実在したのである。
「スーパーでゴキブリ撒く 56歳女逮捕」(毎日放送平成28年7月5日配信)
「神戸市垂水区のスーパーマーケットで、小学校の事務員の女が店内にゴキブリ十数匹をばら撒いたとして逮捕されました。威力業務妨害の疑いで逮捕されたのは、神戸市立西脇小学校の事務員・X容疑者(56)です。 警察によりますとX容疑者は先月26日、神戸市垂水区のスーパーの鮮魚コーナー付近で袋に入れて持ってきた十数匹のゴキブリを撒いた疑いがもたれています。店の防犯カメラにX容疑者の姿が映っていて、4日X容疑者が店に来たときに店員が警察に通報したということです。警察の取り調べに対し、X容疑者は「自宅で捕まえたゴキブリを殺すのが忍びなかった」と話す一方で、「業務を妨害する意図はなかった」と容疑を一部否認しているということです。」
シマヘビとゴキブリ、皆さんはどちらがよいですか(どっちもよくないに決まっている)。動物を集めるのは、Nintendo Switchの中だけにしておきたいものである。
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