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非監護親による子どもの連れ去りと未成年者略取罪

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ネット上で、子どもの連れ去りと未成年者略取罪について、激しい誤解があるようである。今回は、誤解の大きな最判平成17年12月 6日刑集59巻10号1901頁について、原文に当たりながら検討してみたい。

1 原判決及びその是認する第1審判決並びに記録によれば,本件の事実関係は以下のとおりであると認められる。

(1) 被告人は,別居中の妻であるBが養育している長男C(当時2歳)を連れ去ることを企て,平成14年11月22日午後3時45分ころ,青森県八戸市内の保育園の南側歩道上において,Bの母であるDに連れられて帰宅しようとしていたCを抱きかかえて,同所付近に駐車中の普通乗用自動車にCを同乗させた上,同車を発進させてCを連れ去り,Cを自分の支配下に置いた。

(2) 上記連れ去り行為の態様は,Cが通う保育園へBに代わって迎えに来たDが,自分の自動車にCを乗せる準備をしているすきをついて,被告人が,Cに向かって駆け寄り,背後から自らの両手を両わきに入れてCを持ち上げ,抱きかかえて,あらかじめドアロックをせず,エンジンも作動させたまま停車させていた被告人の自動車まで全力で疾走し,Cを抱えたまま運転席に乗り込み,ドアをロックしてから,Cを助手席に座らせ,Dが,同車の運転席の外側に立ち,運転席のドアノブをつかんで開けようとしたり,窓ガラスを手でたたいて制止するのも意に介さず,自車を発進させて走り去ったというものである。

被告人は,同日午後10時20分ころ,青森県東津軽郡平内町内の付近に民家等のない林道上において,Cと共に車内にいるところを警察官に発見され,通常逮捕された。

(3) 被告人が上記行為に及んだ経緯は次のとおりである。

被告人は,Bとの間にCが生まれたことから婚姻し,東京都内で3人で生活していたが,平成13年9月15日,Bと口論した際,被告人が暴力を振るうなどしたことから,Bは,Cを連れて青森県八戸市内のBの実家に身を寄せ,これ以降,被告人と別居し,自分の両親及びCと共に実家で暮らすようになった。被告人は,Cと会うこともままならないことから,CをBの下から奪い,自分の支配下に置いて監護養育しようと企て,自宅のある東京からCらの生活する八戸に出向き,本件行為に及んだ。

なお,被告人は,平成14年8月にも,知人の女性にCの身内を装わせて上記保育園からCを連れ出させ,ホテルを転々とするなどした末,9日後に沖縄県下において未成年者略取の被疑者として逮捕されるまでの間,Cを自分の支配下に置いたことがある。

(4) Bは,被告人を相手方として,夫婦関係調整の調停や離婚訴訟を提起し,係争中であったが,本件当時,Cに対する被告人の親権ないし監護権について,これを制約するような法的処分は行われていなかった。

2 以上の事実関係によれば,被告人は,Cの共同親権者の1人であるBの実家においてB及びその両親に監護養育されて平穏に生活していたCを,祖母のDに伴われて保育園から帰宅する途中に前記のような態様で有形力を用いて連れ去り,保護されている環境から引き離して自分の事実的支配下に置いたのであるから,その行為が未成年者略取罪の構成要件に該当することは明らかであり,被告人が親権者の1人であることは,その行為の違法性が例外的に阻却されるかどうかの判断において考慮されるべき事情であると解される(最高裁平成14年(あ)第805号同15年3月18日第二小法廷決定・刑集57巻3号371頁参照)。

本件において,被告人は,離婚係争中の他方親権者であるBの下からCを奪取して自分の手元に置こうとしたものであって,そのような行動に出ることにつき,Cの監護養育上それが現に必要とされるような特段の事情は認められないから,その行為は,親権者によるものであるとしても,正当なものということはできない。また,本件の行為態様が粗暴で強引なものであること,Cが自分の生活環境についての判断・選択の能力が備わっていない2歳の幼児であること,その年齢上,常時監護養育が必要とされるのに,略取後の監護養育について確たる見通しがあったとも認め難いことなどに徴すると,家族間における行為として社会通念上許容され得る枠内にとどまるものと評することもできない。以上によれば,本件行為につき,違法性が阻却されるべき事情は認められないのであり,未成年者略取罪の成立を認めた原判断は,正当である。

さて、おわかりいただけただろうか。この事案は、妻にDVを行った被告人が、妻が子を連れて実家に帰ったことから、実力行使によって子を奪取しようと企てたという事案である。その態様も、保育園の送迎の隙をついて、子を抱きかかえ、ドアロックせずにエンジンを作動させたまま停車させていた自動車に乗せて、母方祖母の制止を振り切って走り去るという極めて粗暴なものである。さらに判旨が指摘するように、そのような行為に出なければならないような事情(児童虐待など)も存在せず、子の意向を尊重したというものではない(2歳なので意向を表明すること自体そもそもできない)上に、略取後の監護養育について確たる見通しがあったとも認め難いとされている。

しかも、事案を丁寧に見てみると、被告人はCを自動車に乗せる際、助手席に座らせたとのみ判示されていて、チャイルドシートを搭載していたか否かは定かでない。事件発生当時、チャイルドシートの使用は義務化されており、またエアバッグの存在からチャイルドシートを助手席に搭載することは違反ではないものの推奨されていない。

また、被告人は、事件発生の3箇月前にも、知人女性を用いて不法にCを連れだし、ホテルを転々とするなどして9日間に渡って連れ回した上に逮捕されるという事件も起こしており、家庭裁判所の裁判手続を無視する姿勢が顕著であるばかりでなく、2歳の子どもを9日間にわたって転々と連れ回すことの弊害について何ら考慮していないことが容易に推察できる。本件でも、被告人は、事件発生から約7時間後、八戸市から約70-80キロメートル離れた青森県東津軽郡平内町内において逮捕されている。しかるところ、判旨をみると、被告人は通常逮捕されたと書かれており、恐らく事件発生直後に祖母が警察に通報し、前回の件があることから、警察官も早々に逮捕状を請求していたものと考えられるところである。そうであると、偶々この場所で見つかってなければ、より長時間、遠方にCを連れて行っていた可能性が高いものと思われる。2歳の子どもは、母親から引き離されるだけでギャン泣きするのが通常であると思われるし、上記のような経過を踏まえると、トイレに連れて行くとかご飯を食べさせると言った基本的な育児が十分に行える体勢が整っていたとは考えにくい(この点は、被告人が争わなかったので、あまり尋問では取り上げられなかったのではないかと推察される)。

今井裁判官の補足意見は、本件で有罪との結論を導くに至った理由について、補足意見で以下のように示唆している。

家庭裁判所は,家庭内の様々な法的紛争を解決するために設けられた専門の裁判所であり,そのための人的,物的施設を備え,家事審判法をはじめとする諸手続も整備されている。したがって,家庭内の法的紛争については,当事者間の話合いによる解決ができないときには,家庭裁判所において解決することが期待されているのである。

ところが,本件事案のように,別居中の夫婦の一方が,相手方の監護の下にある子を相手方の意に反して連れ去り,自らの支配の下に置くことは,たとえそれが子に対する親の情愛から出た行為であるとしても,家庭内の法的紛争を家庭裁判所で解決するのではなく,実力を行使して解決しようとするものであって,家庭裁判所の役割を無視し,家庭裁判所による解決を困難にする行為であるといわざるを得ない。近時,離婚や夫婦関係の調整事件をめぐって,子の親権や監護権を自らのものとしたいとして,子の引渡しを求める事例が増加しているが,本件のような行為が刑事法上許されるとすると,子の監護について,当事者間の円満な話合いや家庭裁判所の関与を待たないで,実力を行使して子を自らの支配下に置くという風潮を助長しかねないおそれがある。子の福祉という観点から見ても,一方の親権者の下で平穏に生活している子を実力を行使して自らの支配下に置くことは,子の生活環境を急激に変化させるものであって,これが,子の身体や精神に与える悪影響を軽視することはできないというべきである。

このように、本件では、被告人が家庭裁判所の裁判手続をないがしろにして実力行使に走ったこと、特段の必要性もないのに、子の生育環境を急激に変化し、むしろ悪化させかねない状況においたことを重視して有罪との結論が導かれているのであり、その射程は慎重に検討する必要がある。

もとより、夫婦関係が悪化した場合に、一方配偶者が他方に無断で子を連れて別居する行為について、本決定の射程が及ばないのは当然である。

刑事罰というのは最後の手段であるから、特に悪質な事案にのみ適用されるべきであるのであり、本件は上記のような事情からすると、有罪との結論は正当であろう。しかし、本決定が誤解されて、一人歩きすることはDV被害者を萎縮させる危険性をはらんでいる。

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